頭上にあるダクトの中の世界、木原悠介「DUST FOCUS」
©KIHARA Yusuke
オフィスビルや施設の空調ダクトに入り、その中を清掃するというアルバイトを10年以上に渡り続けている木原悠介。誰も見たことの無い、いや誰も撮ろうとも思わなかったであろうそれらの写真を、新井薬師にある「スタジオ35分」というギャラリーで2014年に展示したところからすべてが始まった。
木村伊兵衛写真賞を受賞している写真家・田附勝の琴線に触れ、田附氏の企画により同名の写真集『DUST FOCUS』が2年の時を経て出版され、さらにアート写真に重きを置く中目黒のギャラリー「POETIC SCAPE」にて個展を開催している。
この我々の前に突如現れた木原悠介とはどのような人物なのか? どのような感覚でダクトを撮り続けているのか? 我々の頭上を迷路のように張り巡らされているダクトの中の世界。そこには何があるのだろうか。
—まず、簡単なプロフィールを教えてもらえますか。
木原 生まれは広島ですが、転勤ばかりで一番長いのは横浜ですね。小学校の終わりくらいからはずっと今も横浜に住んでます。
—じゃあほぼ横浜の人って感じですね。
木原 そうですね。広島にはほとんど遊び友達もいなくて、親戚とかばあちゃんが住んでいるくらいなんで。
—さっき聞いたらスケートボードとかもやっていたとか。
木原 高校くらいの時ですね。横浜アリーナの近くだったから、アリーナに溜まって遊んでたんですよ。まだ新横のパークとか出来る全然前というか、20年以上前の話ですけど(笑)。今でもほんのたまにするかな。ダクト清掃の現場にもスケーターいるし。
—では、この『DUST FOCUS』についてですが、そもそもの始まりは新井薬師の「スタジオ35分」で2014年にやった写真展が始まりだと思うんですが、どういう経緯で開催したのですか? その時が写真を発表した最初ですか?
木原 そうですね。その前は友達が作ったZINEに一回写真が載ったくらいで、他には発表してなかったですね。「スタジオ35分」は、1ヶ月のうち3日間だけなんかしら展示をやっている時期があって、もともとそこに行って酒飲んだりして遊んでたんですよ。たぶん5年くらいは行ってたかな。今はバーも併設されてるんですけど当時はギャラリーだけで、そこでBBQやったりしてドンチャン騒ぎをしてたんです。それでそのまま終電無くなって、ギャラリーの床で寝たりしていましたね(笑)。
—そこで展示をやらないかって声を掛けられたんですか?
木原 そこに居ても酒飲んでるだけで、写真の話も全然しないし見せたこともなかったから、俺が写真を撮ってるなんてほんの数人しか知らなかったんですよ。でも遊んでるうちにそこのオーナーのサケさんて人と仲良くなって、家に泊まるくらいになって、それで徐々に写真をやってるってことを話したりするようになったんです。その頃の俺って全く金がなくて、風呂無しのボロアパートに住んでたところからやっと抜け出せて少し家が広くなった時で、これなら暗室が作れると思って、サケさんに「引き伸ばし機とか貸してくださいよ」って言ったら「いいよ」って貸してくれたんですよ。それからプリントして写真を見せたりしてましたね。
—それで展示に繋がったんですね。
木原 いやそれが、キャビネを自分で現像してプリントして持って行ったら、なんか打ち合わせ中かなんかで忙しくしてて、「ああ、後で見るから」って適当な感じで言われて。本気で怒りはしないけど「なんだよ」ってムッとして、サケさんの家はすぐ近くで鍵開いてるの知ってたから、勝手に家に上がって、フライパンの中とか便器の中とか、布団の中や戸棚や風呂とか、家中に写真をぶちまいて帰ったんですよ(笑)。
—それすごいですね(笑)。それがこのダクトの写真ですか?
木原 そう。他にも人が写ってる写真とかもいっぱいあったかな。それでその次行った時に、そ〜っと「怒ってます?」って探りながら入ったら「あれ面白れぇよ!」って言ってくれて。自分では「片付けろよ!」とか怒鳴られるだろうなと思ってたくらいなのに「ちゃんと本気でやったほうがいいよ」とか言ってくれて。「スタジオ35分」てその頃はたまにしか開いてなかったんですけど、サケさんも他の仕事を辞めて「スタジオ35分」一本で水曜から土曜までオープンするバーにしたいと考えてたみたいで、その最初に展示する企画を探していたんです。それで俺の写真を展示することになって、フライヤーを作ったりとかすごく協力してくれて嬉しかったですね。
—そういう始まりなんですね。今回は、その写真展を見た写真家の田附勝さんがこの『DUST FOCUS』の写真集の出版を企画して、中目黒の「POETIC SCAPE」での展示になったと聞いたんですが、田附さんとは長い付き合いなんですか?
木原 田附さんも「スタジオ35分」によく来ていたから顔見知りというか挨拶くらいはしていたんですけど、写真展のオープニングの終わりくらいにバーで酒飲んでたらひょっこりやって来て、「これお前の写真か! お前の写真面白いよ!」って言われて、「あざーす」って感じでゆるく返事したら、「もっと喜べよ! 俺が褒めてんのに!」って。この人熱いなって(笑)。だから「ありがとうございます!」って(笑)。で、そんなやりとりをしてたらサケさんが、「田附さんとこから写真集だせばいいじゃん」って冗談ぽく言ってきて、田附さんも「ああ、そうだな」って言い出して。そこからいろいろ始まりましたね。
—それで2年越しに写真集の出版とこの展示に繋がったんですね。
木原 自分はもともと“発表したい”っていう欲があまり強くないんですよ。だからもともとそんなに人に見せてなかったし、だからこれが実現したのは本当にみんなのおかげですね。でも最近は“写真家”って言われることも少し増えてきたんですけど、特に自分では変わってないから変な感じですね。
—まだ馴染んで無い感じですか?(笑)
木原 ただのフリーターとか、今は印刷の仕事もしてるから印刷工って言われるほうがしっくりきますね(笑)。
—では写真について聞きたいのですが、この写真はダクト清掃の仕事の報告のために撮っていたのが最初だと聞きましたが、写真自体にはもともと興味はあったんですか?
木原 ありましたね。というかプロフィールには書いてないんですけど、実は写真の大学も出てるんですよ。でも実技的なほうではなくて、現像液の種類とかそういう薬品の研究室みたいなところです。ただ、今と変わらずあんまりやる気はなかったですけどね(笑)。写真はずっと面白いから撮ってただけで、ネガだけがどんどん溜まって、レンタルの暗室とか行ってプリントしたりもしたけど金も掛かるし続かなかったですね。でも撮り続けてはいました。
—この「ダクト」の写真以外にはどういう写真を撮っているんですか?
木原 普段は気ままに「写ルンです」をポケットに入れて飲みに行ったりしています。飲みに行くとカメラを無くすし壊すから「写るんです」くらいが丁度いいんですよ。友達に貸しても大丈夫だし、それで戻ってきた時に枚数増えてたら楽しいし。敢えて友達にあげることもありますね。でも友達は現像するの面倒くさいから自分の所に戻ってくるんですよ。何が写ってるか分からないところが面白いんですよね。あとは、仕事中にどうしても撮っちゃう癖がありますね。今働いている印刷屋で、インキの缶を開けると中身が分離してたりして、そういうのは撮らずにはいられないですね。硬化剤を混ぜると一回きりで捨てるしかないんですけど、最後にぐちゃぐちゃ混ぜた状態を撮ったりとか。他にも、道路で爬虫類や昆虫が死んでるのを見つけると撮らずにいられないんですよ。チャリンコで仕事に向かってて、遅刻しそうだったとしてもそういうのを見つけると、「おお!」って止まって撮りますね。対向車線の車にもジェスチャーで「ちょっと待ってくれ!」って言いながら道の真ん中で(笑)。それで結局遅刻して焦ったふりしながら「すみません、遅くなりましたー」って(笑)。自分でもなぜ撮りたいのかよく分からないんですけどね。
—その衝動はなんなんですかね?
木原 言葉には出来ないですけどね。「とにかく撮りたい」というか、「とりあえず撮っとこ」っていうか。だから、作品を作ってるような意識は全く無いですね。
©KIHARA Yusuke
—ダクトの構造というか掃除の仕方を聞きたいんですが、これはダクトに入って掃除をしながら進んで、反対側から出るんですか?
木原 いや、ある程度進んだら戻るんです。なぜかっていうと電源とか灯りとかあるから。だから迷子になることはないですね。
—これって行き止まりとかもあるんですか?
木原 終わりもあるし、途中にダンパーっていう風量を調整する関所みたいなのもあるし、火事になった時に煙とか火が行かないようにする柵みたいなのもありますね。だからいろんな所から入ったりするんですよ。
—一回に何分くらい潜るんですか?
木原 1時間半から2時間くらいで休憩ですね。まあ寝っ転がってるから大丈夫ですよ、重い荷物持つわけでもないし。
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—いわゆる匍匐前進ですよね? 戻るのはバックして戻るんですか?
木原 そうですね。でも狭くてガニ股にも出来ないからイモムシ状態ですよ。戻りはバックですけど、回転出来るときはします。結構筋肉使うから久しぶりに長いダクトに入ると腹筋痛くなったりしますね。バケツの水が汚れたり掃除機のパックがいっぱいになると一度戻らなきゃいけないんですけど、戻るのも大変なんですよ。天井裏に入って、天井が抜けないように足元を気にして、電源のコードが絡まったりバケツの水が溢れたりしないように気を使ってダクトに入るから、トイレとか水分補給とかが大丈夫な時は、親方に「休憩、ダクトの中でいいっす」って言ってそのまま中で休みます。
—ダクト清掃は今でもやっているんですか?
木原 今年は結構行きましたね。金が無くなったらその日に行けるし、シフトも自由なんで「今日行っていいっすか?」って感じで。昼間印刷屋で働いて、週5で夜もダクト清掃したりとか。
—夜中の誰も居ないビルの中、しかもさらにダクトの中に居るって、その気分は想像出来ないですね。周りに人は居ないんですよね?
木原 作業仲間はいるけど、ある程度分散しないと作業しづらいし、薬品も使うから大勢が近くで一気にやると中毒になったりするから、ダクトに入る時は基本的に一人ですね。
—勝手なイメージですけど、そういう現場はアウトサイダーな人達が多いんですか?
木原 いや、そうでも無いですよ。オラオラしてる人も居ないし、イジメもなければ変な上下関係も無い。横の繋がりというか、みんな友達をどんどん連れてくるし、仲良いですよ。中卒もいれば、早稲田、慶應や東大生も何人かいたし、東大卒業して准教授とか研究の道に進んだやつもいる。オタクとか、絵を描いてたり、バンドマンとか、変な大きいサウンドシステム持ってる奴とか。で、その日に金貰えるから、終わったら朝からやってる居酒屋にみんなで行ったりして。ダルくても行ったら面白いんですよ。
—作業灯をつけているから、実際にはこの写真の様には見えて無いんですよね?
木原 写真とは全然違いますね。だから現像の時の興奮は堪らないんですよ。酒を飲みながら音楽を掛けて、プリントが出来上がると「おー!!」ってなってます。低音いっぱい出てるけど、伸し機が揺れてブレたりしないかな? とか酔っぱらって変な心配したりして(笑)。楽しい時間ですね。
©KIHARA Yusuke
—ダクトの写真展をやったのは世界初だと思いますが、やはりこうやって普段見ないものをいきなり見せられると人は興味を持つんですね。
木原 一見すると抽象的な図形でなにか良く分からないし、本来は奥行きのある空間なんだけど、見方によってはピラミッドを上から見てるようにも見えるんですよ。
—ああ、見える! すごい!
木原 視覚が崩壊していくんですよ。変な催眠効果っていうか。
—これがさっき言ってたバッドトリップですね。これやばいな(笑)。
木原 図形中毒みたいなものと、実際にこの中に入って仕事してたのかっていう経験が混ざると、自分でもさらにバッドトリップするんです。何を撮ってるのかも分からなくなってくるし、自分でも不思議な感覚なんです。写真集の終わりに少し固い文章で書いたりはしてますけど、いちいちこの写真がどういうものでとか、自分から言葉で説明したくないんです。冷めちゃうというか。
—今後、他にも撮りたい題材はありますか?
木原 俺が頭で考えて撮っても面白くないんですよ。これもまぐれみたいなもんというか、金を稼ぐ仕事に行ってただけですから。そもそも自分から強烈に撮りに行きたいというほどのモチベーションを感じるものは無いですよ。でも気づくと衝動で撮ったりしているから、もしかしたら自分で気づいていない何かがあるのかもしれないですけどね。
more information: POETIC SCAPE
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