「クラン島の朝」
窓の外がまだ明るくなりきらない朝6時前、ニワトリの鳴く声で自然と目が覚めた。蚊取り線香の匂いが微かに残るシャワールームからは、遠くの空がだんだんと明るくなっていくのが見える。早朝のピンクがかった淡い光を浴びる南国の木々は、一日で一番艶やかだ。
朝なんか来なければいいのにと思ったことが何度あるだろう。夜通し遊んだ後、それまで暗闇に隠れて遊んでいた自分を、容赦なく照らし始める太陽。汗まみれで醜い姿の私を、いっそドロドロに溶かして蒸発させてくれたらいいのに。眩しさを増していく太陽から、逃げるように駆け込む駅前のラーメン屋。窮屈な椅子に、咽せるほどの湯気と、脂の匂い。
旅行中の朝ごはんは、欠かさない。ふわふわのスクランブルエッグに軽くグリルしたトマト、トーストにバター、カリカリに焼いたベーコン。それから、なんとなく場違いだけど、絶妙な塩加減の炒飯。キウイにマンゴー、パイナップルとスイカのスライス。大きな白いお皿の上を、美味しそうなものでごちゃごちゃさせる。ひとつひとつがシンプルであればあるほど嬉しい。宿の朝ごはんは、雑なのがいい。まだ寝ぼけたウエイターが、寝ぼけた客のために淹れるコーヒー。だれも急ぐことのない、その空気だけで十分に豪華な食事だ。
宿を出発したトゥクトゥクの、パタパタと頼りないリズムのモーター音だけが響く静かな朝だった。ひんやりした風が、植物の甘い香りを運んでいる。この島は海に面した湿地帯で、トゥクトゥクが2台すれ違うのにギリギリの幅の道が一本、港に向かって伸びている。道の両脇に広がる湿地帯、遠くのほうになぜかコンクリートの壁がポツンと立っていると思ったら、巨大な水牛だった。
15分ほど走ると、港へ向かう島の人々のスクーターが後ろからやってきた。港からボートに乗って町の学校や職場へ向かうのだろう。一本道を、数台のスクーターが連なっていた。その後、まっすぐな道をさらに進み、港へ到着した。 船頭さんのゴツゴツした腕につかまって、木製のボートに乗り込んだ。白いシャツの制服姿の学生さんたちが、船頭さんに挨拶しながらボートに乗り込んでくる。小さな子供たちは、早口で船頭さんとおしゃべりを続ける。なんと美しい眺めの通勤ラッシュだろう。
穏やかな波に揺られて、川の反対側にボートが到着すると、港ではスクーターに乗った大人たちが何人も子供たちの到着を待っていた。子供たちは、それぞれスクーターの後部座席に飛び乗り、運転手の腰に手を回すと、あっという間に大きな道路を進んでいった。気がつくと、太陽はもうだいぶ高い位置にあって、ジリジリと肌を刺すような力強い光に変わりつつあった。
From Koh Klang, Thailand 2015
Column by Saya Oshima
from HIDDEN CHAMPION Issue37, End of June, 2015
Saya Oshima @momomagazine
15歳からアメリカへ単身留学。フィラデルフィアのTemple University ジャーナリズム科卒。2006年からNYCで生活。帰国後、Benetton Japanの広報宣伝、Wieden + Kennedy TokyoのPRを経て、2012年10月よりシンガポールに移住中。週2で二日酔い。