「んじゃ、明日もうんこビルで!!」
浅草の隅田川沿いに、アサヒビールの本社がある。そのビルの屋上には、謎のオブジェがドカンと置いてあり、そのオブジェはあきらかに快適な時のうんこの型をしていて、僕らはそのビルをうんこビルと呼んでいた。そのビルの敷地内には、スケートするにはかなり好条件の広場があり、そこが僕の中学生時代のローカルスケートスポットだった。学校が終わるやいなや、僕は部活も出ず、ママチャリの籠にスケートをブチさしワクワクしながらうんこビルに通っていたのである。うんこビルを行き来する途中には、必ず浅草浅草寺の雷門を通っていた。雷門には、真っ赤などでかい提灯がぶら下がってる。その提灯の裏側には、「松下電機」と文字が書いてある。松下電機産業は現Panasonicのことである。どうやら、その提灯はPanasonicを一代で築き上げた経営の神様とも呼ばれる、松下幸之助さんが寄進した提灯らしい。当時の僕はそんなことは知るわけもなく、むしろ興味もなく、ブッダブランドの曲をPanasonicのショックウェーブというカセットレコーダーで聴きながら、雷門をノリノリで素通りしていた。松下幸之助さんという方は、「運」というものをとても大事にしていた方らしいく、新入社員の面接に必ずこの質問していたらしい。「あなたはこれまでの人生で、運のいい方でしたか?悪い方でしたか?」。で、この質問に対して、運が悪いっと答えた人は、どんなに学歴がよくても採用しなかった。つまり、自分のことを運がいいと思ってる人しか採用しなかったそうである。ということは、世界のPanasonicは運のいい人達で築き上げられたといことかもしれない。僕が、今その質問をされたら、間違いなくこう答える。「僕めっちゃ運いいっす!!ヤバイっす!」っと。自分で言うのもなんだが、僕はめっちゃくちゃ運がいい。いや、そう思えるようになった。ある出来事をきっかけに…
二十代前半のとある元旦の日、僕は仲間と明治神宮で年越しをし、かなりの酒を呑み泥酔状態だった。そんな理性もきかないフラフラの状態で、朝方の山の手線に乗り帰宅しようとしていた。車内には、これまた明治神宮で年越ししたであろう人達でいっぱいだった。僕は立つこともままならず、ドア付近に頭をつけギリギリ立ってられる状態で目をつぶっていた。しばらくしてふっと目を開けると、さっきまで結構人が乗っていた車内がスカスカになっていた。おや⁈っと思い周りを見渡すと、隣の車両にはちゃんと人が乗っている。どうやら、僕の周りだけ人がいなかった。しかも、何人かいた僕と同じ車両にいる人達が僕をチラチラ見ていて、あまりいい顔をしていない。何⁈なぜ⁈頭がガンガンするなか、必死で理性を働かせようとした瞬間、僕の中枢神経に強烈なスメルが直撃した。「うっっ!!めっちゃ臭い…」。まさか⁈恐る恐る、僕が履いていた、新品のハーフキャブの靴裏を見た。ガッツリ、うんこを踏んでいた。そして、片方の靴裏も覗き混んでみると、これまたガッツリ、そして濃厚に踏んでいた。しかも、両方の靴裏をよく見比べてみると、うんこの質や色が微妙に違う。僕は新年そうそう、新品の靴で、それぞれ異なるうんこを両足で、そして的確に踏んでしまっていたのだった。「こ、こ、こんなことが起こりえるのか⁈」。酔いが一気にさめた。僕は次の駅で、逃げるように降り、駅構内のトイレでうんこ摘出作業をした。作業を終え、ふたたび電車に乗りこみ、考えこんだ。「こんな経験できてる人は今日俺以外にいるのだろうか…うんこを踏んだやつはいるだろう…ただ、牧場や動物園、もしくわ特殊な場所にいた人以外にそれぞれ違ううんこを両足に、それを今日元旦に踏んだやつはこの日本にいるのだろうか…しかも新品の靴で…」。
考えた末、結論が出た。
「こんな経験今日できたやつは、この日本できっと俺しかいない。俺の今年は最高に運がいい年になる」。
実際、その年は最高に運がよかった。極上スポットにたくさん出会えた…狙ったスポットは確実にメイクできた…それが確実にメディアに使ってもらえた…特集もしてくれた…海外のメディアにも多く出れた…狙っていた雑誌の表紙にもなれた…たくさんのステキな変態達と出会えた…
その年は、僕のスケート人生にとって、確実にキーとなる年になった。僕は、その年以来自分は最高に運がいい人間だ、っと思えるようになった。たとえ、「うぎゃ!!なんでこんな事態に!!」っと一瞬思える出来事が起きても、「いや、この経験は自分にとって成長につながる。だから、これは最高に運がいいことだ」っと思えるようになった。しかも、今まで辛い思いをした過去の経験すら、「あの経験がなかったら今の自分はいない。だから、あの経験ができた俺は運がよかった」っと思えるようになった。
誰に対しても、絶対的に(運がいい出来事)というのはない。自分自身が(運がいい)っと思えた出来事が(運がいい出来事)となる。そして、そう思うことで、さらなる(運がいい出来事)を引き寄せられると思っている。
もし、あの年の元旦に「うわー!!新年そうそう最悪だ…今年は嫌な年になりそうだ…」っと思ってしまっていたら、あんなに運のいい年になっていなかっただろう。
思いこみでも、勘違いでも、周りの人にどう思われようと、そんなことどうでもいい。僕はこれからも自分のことを、最高に運がいい人間と思い続ける。とはいえ、できればうんこは踏みたくないのだが。
Column by Deshi
from HIDDEN CHAMPION Magazine Issue37, End of June, 2015
大本 芳大 Yoshihiro”DESHI”Ohmoto
スケートボーダー。実名よりもDESHIのニックネームで知られる日本が誇るスポットシーカー。TrafficのUSチームでプロライダー、また日本人で唯一Carhartt WIPのスケートチームに所属している。