ウィットに富んだ佇まい。ファイベルの世界。
ポップでキュートながら、どこかいたずら心や毒っ気を含んだ作品を手がける絵描き5eL(ファイベル)。数年前に出現するや否や、全国の至る所で個展を開催するなど勢力的に活動の場を広げている注目の人物だ。花や果物といったモチーフを用いながら少しエロティックな遊び心で描かれた作品群は、観る人をちょっと幸せにしてくれる。
―絵を描きはじめたきっかけを教えてください。
5歳の頃、家にあったスーパーファミコンのソフト「マリオペイント」で無心で絵を描いては消し描いては消しを繰り返しており、今思えばその時に絵を描く楽しさに目覚めた気がします。なぜだかわかりませんが自分にしか描けない何かがあるんだ、と心の中でずっと思っており小さい頃から大人になってもほぼ毎日何かを描いていました。それからちゃんと絵だけでやっていこうと思ったのは熊本地震がおきた2016年4月のことです。それまではずっとデザイナーとかレコード屋の店員とかいろいろな仕事をしながらライフワークとして絵を描いていたんですが、地震のときに本当に人っていつ死ぬか分からないんだなと実感して、自分の好きなことを本気でやってみようと思ったんです。
―実際に地震の被害を受けたのですか?
住んでいた実家も半壊しましたし、地震があったときにいたビルもヒビが入ったり、隣のビルは窓ガラスが全部割れて下を通っていた人に刺さって血だらけになっていたりしました。道路の信号機も止まっていたから至る所から事故の音も聞こえてきたりして、まるで世紀末みたいで怖かったですね。熊本地震て規模のわりに死者は少ないのでニュースとしてはそこまで大きく扱われないんですけど被害はとても大きかったんです。
―そこから絵でやっていこうと思い立ってまずなにをしましたか?
まず一度すべてフラットにしたかったのですぐに仕事を辞めました。そして東京に行っていろんな人の作品展を見ようと思っていろいろなところを回ったんです。そのときにミュージシャンのプリンスの追悼イベントをやっているお店があって、音楽が好きなので気になって行ってみたんです。恵比寿のNOSというお店です。そこでたまたま同じ熊本出身、しかも同じ中学区域出身で音楽をやっているKelpieちゃんっていう女性シンガーに出会って意気投合したんです。それで絵を描いていることを伝えたら、9月に東京で熊本地震の復興イベントがあるんだけど、ライブペイントで呼んでいい?ってその場で誘ってくれたんです。
―早速良い出会いがあったんですね。
はい。さらにそのNOSでも個展をやろうって誘ってもらって10月にいきなり個展をすることができたんです。会期は1ヶ月くらいあったので設営を終えて一旦熊本に帰ったんですが、地元で絵描きの友達とご飯を食べていたらその人が友人を誘ってくれて、それが福岡のSQUASH DAIMYOのユウスケさんだったんです。
―次々に出会いますね。
その時にユウスケさんから「ウチでも個展をやろう」と誘っていただいて「ぜひやらせてください」と答えたんですが、実はそのときはまだSQUASHのことを知らなくて(笑)。でもSQUASHのことを調べたら、今までに錚々たるアーティストが展示しているすごいところなんだということが分かってきて段々緊張してきちゃって(笑)。
―知らないのに即決もすごいですね(笑)。
それで頑張ってSQUASHで展示をして無事終えたんですが、それを機に全国の人に少し名前を知ってもらえたような気がします。いろんなところから絵の仕事もいただくようになったんです。なのでSQUASHの影響力はすごいですね。その後SQUASHでESOWさんが展示をしているときに見に行ったんですが、「フウライ堂でもやっていいからね」って言ってくれたんです。厚かましい性格なのでそれを真に受けて(笑)。後日浅草のフウライ堂に会いに行って改めてやらせてくださいってお願いしたんです。すると即決でいいよって言ってくれて。
―初対面で誘われることが多いですね。信頼されやすい何かがあるのかもしれないですね。その他に今までどこで展示をしてきましたか?
今まで展示させてもらったところって実際に挨拶に行ったところばかりなので人の繋がりだけでやってきてる感じはしますね。実はゲームも好きなんですが、新しい人に出会って仲良くなると、心の中でドラクエみたいだなって密かに思っています(笑)。展示はその他には、地元熊本ではOLLIやBUBBLEGUM、仙台に遊びに行ったときにGAGLEのDJ Mu-RさんとgroovemanSpotさんの紹介でDelicious Sendaiでもやらせてもらったり、あと原宿のKit Galleryや名古屋のMAD BOXXXでもやらせてもらいました。今は沖縄に住んでいるのですが、沖縄のPeople’s Art Galleryでも2020年にやったんですが、それは最初の緊急事態宣言のタイミングと重なってしまって結局オンライン個展になってしまいましたね。
―5eL(ファイベル)というアーティスト名はどういう由来があるんですか?
実は名前だけは20歳くらいのときに考えていたんです。好きな数字が「5」で、その頃に飼っていた猫の名前がエルだったので無理矢理くっつけて「5eL(ファイベル)」にしたんです(笑)。変な名前にしたのは性別とか国籍とかを名前から読み取れないようにしたいという意味もあるんです。余計な情報なしで絵だけを見てほしいと思ったので。
―花や果物などを描いた作品が多いですが、それらのモチーフを選んでいるのはなぜですか?
昔から花を見るのが好きだし果物は毎日食べていました。いざ絵でやっていくぞ!と考えた時に、人物を描いている人は多いけど、植物ばかりをずっと描いている人ってあまりいないと思って描き始めたんです。すると描いているうちに人間の成長過程が植物に例えられることが多いのにも気づいたんです。「芽が出る」とか「花が咲く」とか「枯れていく」とか。よく描いている薔薇は女性に例えられたりもしますよね。それで植物を描き続けたら面白いんじゃないかなと思ったんです。それと、どうせなら見たことのない変な絵を描きたいという想いがあって、果物シリーズではちょっとエロティックな要素も入れたりと面白がって描いていますね。
―皮肉っぽさや風刺っぽさを感じることもあります。今回「HIDDEN WALL」に描いてもらった絵はどういうものですか?
新型コロナウイルスの現状もそうですし、ニュースで原子力発電所を再稼働させるとか増やすとか言っている政治家がいたりすることに対して、すごい理不尽なことって世の中に多いなと思っていて、それに負けたくないという強い気持ちを表したかったものです。もし踏みつけられたとしても立ち上がるぞという2コマ漫画みたいな感じで見てもらいたいです。
―影響を受けたアーティストはいますか?。
影響を受けたアーティストというのは具体的にはいないんです。絵を描こうと思ったきっかけがあるんですが、それは高校生で初めて携帯電話を手に入れたとき、好きな絵を待ち受け画面にしたいと思ったんですが、好きな絵がなにも思い浮かばなかったんですよ。「あれ? 好きな絵ないな」って。それで自分で描いた絵を待ち受けにしたんです。それが絵を描きだした始まりなんです。当時は知識がなかったということもありますけどね。
―ではそのほかに好きなことはありますか?
小さい頃から音楽が大好きでいつもレコードを聴いていました。レコードのジャケットを見るのも好きなので影響を受けているかもしれません。最近ハマっているのはUKやLAの若い人たちがやっているジャズが好きでよく聴いています。すごくパワフルだし、昔のジャズとは違って進化している感じがするんです。有名なところだと今掛かっているLAのThundercatとかも好きですね。
―そういう音楽を聴きながら絵を見るとまた違った印象になりますね。
そう言ってもらえると嬉しいです。絵を見てくれた人から「音楽好きなんですか?」って聞かれることも多いんですよ。そういう感覚的なことが伝わっていたらいいなと思います。今まで音楽を作ったことはないんですが、将来的には自分の個展で流す音楽を自分で作れたら面白いななんて思っています。
―では近況や今後の予定など教えてください。
生まれ育った熊本駅に今年駅ビルが出来たんです。その中にSPINNSというお店が入っているんですが、その店内に木製パネルを25枚も飾ってくれています。熊本の人たちは私のことを知っていてくれる人も多いので喜んでくれていました。地元に少しは貢献できたのかなと思って嬉しかったですね。今年は2月に名古屋のMAD BOXXXで個展をやらせてもらったのですが、7月のSORToneの次は9月に福岡のTAGSTAでの個展を予定しています。あと沖縄でも11月に展示をやる予定です。楽しんでもらえたら嬉しいです。